11月1日(火)〜4月30日(日)まで、土・日・祝日、年末年始(12月31日〜1月5日)が休館日となります

Google
Web検索 サイト内検索
  



遠軽町埋蔵文化財センターについて
 
 ●埋蔵文化財センターって?

 
遠軽町埋蔵文化財センター外観


埋蔵文化財(まいぞうぶんかざい)とは、地面の下の土の中に埋まっている、昔の人たちのくらし(文化-ぶんか-)を伝える家のあとや道具のことです。
このような埋蔵文化財が出土する場所を「遺跡(いせき)」といい、家のあとや食事のあとなどを「遺構(いこう)」、石器や土器などの道具を「遺物(いぶつ)」といいます。
考古学の発掘調査によって出土したこのような埋蔵文化財を管理・保管し、その活用を図る施設が「埋蔵文化財センター」です。

白滝遺跡群発掘の様子
(財)北海道埋蔵文化財センター提供

これまでに遠軽町内では、およそ200カ所以上もの遺跡が発見され、最も古い時期で今からおよそ2万5千年前の石器が発掘されています。
これらの遺跡の中でも目玉となるのは、日本一の黒曜石産地に栄えた2万年前の石器工場「白滝遺跡群」です。
白滝遺跡群は、旭川紋別自動車道の建設に伴って発掘調査された遺跡で、平成7年から20年までの調査で、22ヵ所の遺跡から合計700万点以上、総重量11トンもの遺物が出土しました。

白滝遺跡群から発掘された黒曜石の石器
重要文化財指定資料


金属製品が発明される以前は、岩石がナイフなど道具の素材でした。
その中でも、割っただけで鋭い刃物になる「黒曜石」は、当時のくらしには欠かすことのできない貴重な資源でした。
日本一の黒曜石産地白滝で、人々は狩りに使用するヤリやナイフなど、実にさまざまな形・大きさの石器を作り出しました。
天然のガラスである黒曜石で作られた石器は、2万年の時がたった現在も錆びることなく、その美しさは保たれています。
遠軽町埋蔵文化財センターでは、黒曜石からどのようにして石器を作ったのか、またどのような用途に使ったのかを豊富な資料とパネルにより解説しています。
さらに、メイン展示室の「黒曜石ギャラリー」では、黒曜石そのものの美しさと、太古の人々が作り上げた狩猟道具としての美しさを感じることができます。



 
 ●遠軽町埋蔵文化財センター開館記念式典



平成23年7月8日、開館記念式典が開催され、代表参列者によるテープカットが行われました。

 
 ●ジオパーク大使が展示をお手伝い

 


平成22年12月3日、白滝小学校6年生ジオパーク大使(当時)の7人が、当センターの展示のお手伝いをしました。
この日、メイン展示室となる「黒曜石ギャラリー」の床面に、黒曜石を大量に並べる作業が行われることとなり、町が白滝小学校(梁瀬邦之校長)にお手伝いを依頼し実現したものです。







床面に展示する黒曜石は、これまで町が開催してきた石器づくり体験などのイベントで残された大量のカケラです。
全国各地から白滝を訪れ、石器づくりを体験された方々の思いでもたくさん詰まっています。
はじめての展示作業に緊張していた児童たちでしたが、だんだん慣れてくると好みの色や大きさを考えながら黒曜石を並べはじめ、およそ40分間も黙々と作業をしていました。
展示された黒曜石は、当センターに来館される大勢の方々が通る道となり、これから先ずっとこの場所で輝いていくこととなります。

 
 ●ロゴマークについて

 


2万年以上前の旧石器時代、人々は食料となる動物を追って、日々移動を繰り返す狩猟生活をおくっていました。
そんな人々が日本一の黒曜石産地である白滝にたどり着き、大きな黒曜石のかたまりから巨大な石器を次々と作りあげていきました。こうして残された遺跡が「白滝遺跡群」です。
そんな彼らのくらしを最も象徴する巨大な槍先の石器を、当埋蔵文化財センターのロゴマークのモチーフとして選びました。
また、これらの巨大な槍先の石器には、赤や茶色が混じった通称「花十勝(はなとかち)」と呼ばれる黒曜石が好んで使われていることから、槍先の石器を花びらのように配置したデザインとなりました。
*北海道では、黒曜石のことを「十勝石(とかちいし)」とも呼びます。

◎世界最大級の槍先 【尖頭器(せんとうき)】
 上白滝8遺跡出土 長さ36.2cm・幅10.9cm・厚さ3.6cm
 
<重要文化財指定資料>

尖頭器とは、ヤリの先に取り付けて狩りに利用されたと考えられている石器です。
白滝地域の遺跡から出土したこの石器は、30cmを優に超えているため、手持ちのヤリの先に取り付ける石器にしてはあまりに巨大で、しかも重たすぎるというものです。
いったい何に使われた石器なのか?さまざまな仮説が提示されています。
日本一の黒曜石産地、白滝ならではの巨大石器です。