旧遠軽町の沿革


 遠軽の歴史は、明治29年1月、北海道同志教育会の創立によって開かれました。
 この会は、仙台の日本基督教会、東北学院の創始者である押川方義氏や東北学院神学部出身の信太寿之氏などにより創立されました。彼らは、遠軽の地(学田地)にキリスト教主義の私立大学を設立するという高遠な希望に燃え、その第1歩を踏み出したのです。
 最初の移民集団を乗せた船は、新潟港を出港。途中小樽に寄港し、明治30年5月7日早朝に湧別浜に到着しました。移民が学田地に着いたのは、その日の夕方のことでした。同志教育会の私立大学をつくるという夢は、ついに実現することはありませんでしたが、理想郷建設という意志を受け継ぐかのように一人の男が現れます。大正3年、財団法人東京家庭学校の校長兼理事長であった留岡幸助氏は社名淵原野1,000haの土地に人生のすべてをかけ、自ら信念とする教育を実施するために農場を創設。−北海道家庭学校の誕生−
 そして遠軽は、再び高遠なる夢のつづきをみるのでした。

大正(1912〜1926年) 昭和(1926〜1988年) 平成(1984年〜現在)
文化
14年 (1817年) 藤野家湧別浜で漁業経営
明治 (1868〜1912年)
2年 (1869年) 北見国紋別郡と命名 和歌山藩の支配地に定められる
3年 (1870年) 和歌山藩、紋別郡の支配返上し開拓使の直轄になる
5年 (1872年) 根室支庁管轄になる ユウベツ村と名付けられ紋別戸長管轄下に
戸籍調査着手
6年 (1873年) 根室支庁網走出張所を設置し紋別に分局設置
8年 (1875年) 湧別村となる 根室支庁網走分署に改称
9年 (1876年) 紋別郵便取扱所開設
13年 (1880年) 網走郡役所に属す 紋別戸長役場設置
15年 (1882年) 半沢真吉移住、農耕に従事 紋別郡は根室県に属す
16年 (1883年) 根室警察署網走分署紋別巡査派出所設置
17年 (1884年) 湧別駅逓設置
20年 (1887年) 網走警察署紋別分署に昇格
22年 (1889年) 湧別原野殖民地に選定される
24年 (1891年) 湧別原野殖民地区画測定開始 中央道路上川・網走間開通
25年 (1892年) 野上駅逓開設(大正11年廃止) 基線道路(湧別街道)開通
26年 (1893年) 湧別原野植民地解放 滝の下(丸瀬布)駅逓開設(昭和4年廃止)
滝の上(白滝)駅逓開設(昭和8年廃止) 
道庁職員瞰望岩頂上に「双竜獄」の柱を建立
27年 (1894年) 湧別浜市街地に初めて商店誕生 渡部精司湧別西一線で薄荷栽培
28年 (1895年) 押川方義北海道同志教育会結成運動に着手 
野上通信休泊所設置(大正8年頃廃止)
29年 (1896年) 北海道同志教育会結成 湧別原野第四小作地学田農場予定地として認可
30年 (1897年) 紋別9か村戸長役場から分離し湧別戸長役場設置
学田農場に新潟・山形から30戸集団入植
湧別屯田四・五中隊に200戸入植
31年 (1898年) 湧別小学校創立 中沢牧場開設 角谷農場開設
学田農場に山形から70戸余入植 湧別屯田四・五中隊に199戸入植
湧別・紋別間道路開通 門池玄仲診療所開業
大水のため10数戸流失、死者2、農場浸水1500f、巌望橋流失
北湧尋常高等小学校創立
32年 (1899年) 学田農場に山形から12〜13戸入植 本町で初めて薄荷栽培
北見青年会設立
33年 (1900年) 学田農場に山形から3〜4戸入植 湧別村農会設立 
北湧尋常高等小学校学田分校開校 北見鉄道速成会創立
34年 (1901年) 網走警察署湧別分署設置 三等郵便局設立、遠軽の名称初めて使用 
三澤長之助初めて牛を飼育
35年 (1902年) 上野上(若咲内)郵便継立所開設(明治37年廃止) 
北湧尋常高等小学校学田分校が遠軽尋常小学校に昇格 
金山橋付近で黄銅鉱の試掘
36年 (1903年) 向野上(清川)原野殖民地解放 瀬戸瀬植民地解放
中沢製軸(マッチ軸)工場操業
37年 (1904年) 社名淵原野開放 湧別勤倹貯蓄組合設立(明治39年解散)
湧別村衛生組合設立 村医学田に出張診療 北見青年会館落成
名寄・湧別間道路全通
38年 (1905年) 野上に「山神」の石碑建立 初めての旅館「米沢屋」開業
遠軽競馬会を組織
39年 (1906年) 湧別村役場二級町村制施行 最初の湧別村議会議員選挙
40年 (1907年) 網走警察署湧別分署遠軽巡査駐在所設置 湧別原野乙号線道路完成
私設学田火災予防組結成
41年 (1908年) 湧別村在郷軍人団設立 学制改革に伴い尋常科5年を置く
42年 (1909年) 社名淵川沿道路開削 遠軽尋常小学校瀬戸瀬特別教授場開校 
網走・遠軽間電信線架設 遠軽郵便局和文電報事務取扱開始
43年 (1910年) 上湧別村・下湧別村に分村 学田部落を学田と遠軽に二分し市街地形成
上湧別村農会設立 北社(社名淵)青年会設立 石北線鉄道敷設運動開始
奥瀬戸瀬(湯の里)で温泉試掘失敗 瞰望岩頂上に開村記念碑建立
網走外三郡産牛馬組合上湧別支部競馬会設立
遠軽尋常小学校社名淵特別教授場下社名淵に開校
44年 (1911年) 軽便鉄道湧別線 野付牛(北見)〜湧別間建設決定 
上湧別連合青年会創立 向野上(清川)青年会設立 瀬戸瀬青年会設立
薄荷記念碑建立 
45年 (1912年) 紋別営林区分署遠軽森林保護区員駐在所設置
初めての銭湯「喜楽湯」開業 洗濯、理容、写真等のサービス業開業
大正 (1912〜1926年)  TOPに戻る
2年 (1913年) 佐竹製材工場操業 初めての劇場「遠軽座」開業 
遠軽尋常小学校社名淵特別教授場全焼し、上社名淵に新築移転 
向遠軽に掬泉園(通称山口公園)開業
3年 (1914年) 学田青年会設立(昭和40年頃解散) 向野上(清川)に官設渡船場設置 少年教護院東京家庭学校社名淵分校開校 寒河江鉱泉発見 
遠軽尋常小学校が遠軽尋常高等小学校に改称
軽便鉄道湧別線 留辺蘂〜下生田原(安国)間開通
4年 (1915年) 軽便鉄道湧別線 下生田原〜社名淵(開盛)間開通し、遠軽駅開業
瀬戸瀬尋常小学校に昇格 救世橋架設 岩見通開削 私設消防組創設
下社名淵(留岡)青年会設立
5年 (1916年) 西町に十勝種馬所遠軽分場設置 遠軽商業懇話会を組織
瞰望岩頂上に開拓碑建立 湧別川に網羽設置(西町)
軽便鉄道湧別線 社名淵〜下湧別(湧別)間開通し、全線開通
6年 (1917年) 奥社名淵(白竜)〜鴻之舞道路開削 向遠軽青年団設立
白滝山火事255戸焼失 隔離病舎開設
馬車鉄道(西町網羽〜遠軽駅)敷設
7年 (1918年) 初めての新聞「北見時報」発刊(大正10年廃刊) 遠軽消防組設置
遠軽郵便局電話事務取扱開始 上遠軽(豊里)青年団設立
8年 (1919年) 上湧別村から分村、二級町村制施行 遠軽村役場庁舎新築
北海道農産物検査所遠軽派出所設置 遠軽村農会設立
遠軽村衛生組合設立 網走営林区署遠軽分署設置
社名淵尋常小学校に昇格 
9年 (1920年) 旭遠鉄道(石北線)期成会上京し、速成請願起工決定
生田原市街地130戸余焼失 帝国製麻株式会社遠軽製織工場設置
遠軽郵便局電話交換業務開始 網走営林区署遠軽分署落成
遠軽尋常高等小学校付属下社名淵特別教授場開校
10年 (1921年) 遠軽青年会設立 瀬戸瀬森林保護区員駐在所設置
根室銀行遠軽出張所開業 糸屋銀行遠軽支店開業
網走警察署湧別分署遠軽巡査駐在所が北と南に設置
11年 (1922年) 石北線 上川〜遠軽間鉄道実測着手 徴兵署設置
湧別川水力発電会社創立 遠軽商工会設立
大水のため救世橋流失、市街地家屋30戸余流失、死者8名
12年 (1923年) 遠軽土功組合設立 下生田原土功組合設立 忠魂碑建立
瀬戸瀬尋常小学校高等科併置 瞰望岩下にグラウンド新設
消防後援会を組織 石北線鉄道敷設工事延期
13年 (1924年) 湧別川水力発電会社発電所が完成し、初めて電灯が点灯
瀬戸瀬火災予防組合設立 石北線速成運動陳情団が上京(カボチャ団体) 北海道薄荷製造株式会社設立、本道初の薄荷油精製実施
清川〜瀬戸瀬間道路開削 救世橋再架設
14年 (1925年) 生田原分村 北見相互金融株式会社設立(昭和3年解散)
社名淵駅逓所設置 初めての電気動力による横山木工場操業(瀬戸瀬)
社名淵尋常小学校高等科併置
15年 (1926年) 網走土木事務所遠軽道路保護区員駐在所設置 糸屋銀行休業
遠軽警察署設置 遠軽裁縫女学校開校
株式会社丸千遠軽魚菜市場設立 遠軽尋常高等小学校移転新築
昭和 (1926〜1989年)  TOPに戻る
2年 (1927年) 石北線 遠軽〜丸瀬布間開通 瀬戸瀬駅開業 上社名淵郵便取扱所設置
下社名淵尋常小学校に昇格 遠軽酪農販売組合設立
渚滑機関庫遠軽分庫設置(廃止になった遠軽機関区)
北海道拓殖銀行遠軽支店開業
3年 (1928年) 遠軽営林区署開設
遠軽尋常高等小学校に北海道遠軽実科高等女学校を併置 
4年 (1929年) 石北線 丸瀬布〜白滝間開通
社名淵拓殖診療所設置(昭和11年廃止) 瀬戸瀬郵便取扱所設置
5年 (1930年) 北海道製酪販売組合連合会遠軽分工場落成
北見家畜保険組合遠軽支部設立
7年 (1932年) 石北線全線開通 社名淵産業組合が遠軽産業組合に統合
方面委員設置 名寄本線遠軽駅まで延長
8年 (1933年) 遠軽市街地大火53戸罹災 瀬戸瀬私設消防組創設
9年 (1934年) 町制施行、一級町村制施行 北海道林産物検査所遠軽支所設置
遠軽商業組合設立
10年 (1935年) 町章決定 湯の里一の沢で金山試掘
11年 (1936年) 西町で火災10戸焼失
12年 (1937年) 白竜〜鴻之舞間道路開削 公共墓地設置
13年 (1938年) 6月15日を開基記念日に制定 防護団設置
14年 (1939年) 消防組と防護団が統合し、警防団を設置 遠軽地区商業組合設立
野付牛区裁判所遠軽出張所設置 網走土木現業所遠軽出張所設置
15年 (1940年) 北海道遠軽中学校設立 札幌鉱山監督局遠軽支所設置(戦後閉鎖)
遠軽町農地委員会設立
16年 (1941年) 遠軽・下生田原土功組合が合併し、遠軽土功組合が設立
遠軽実科高等女学校が北海道遠軽高等女学校に改称
遠軽町食糧管理委員会設置
17年 (1942年) 丸瀬布に出張所設置 北海道遠軽保健所設置 遠軽大通郵便局設置
北海道新聞遠軽支局開設 遠軽森林組合設立 遠軽久美愛病院開院
18年 (1943年) 白滝に出張所設置 食糧営団遠軽出張所設置
遠軽町国民健康保険組合設立(昭和22年事業休止)
19年 (1944年) 農会・産業組合が解散し、遠軽町農業会設立 遠軽中学校道立に移管
北洋無尽株式会社遠軽出張所開店
21年 (1946年) 丸瀬布、白滝分村 遠軽地区木材林産組合設立
遠軽町会議員選挙管理委員会設置 遠軽町農地委員会設置
北見勤労署遠軽分署設置
22年 (1947年) 遠軽町選挙管理委員会再発足 遠軽消防団再編成
遠軽国民学校上遠軽分教場開校 栄町(大通南1丁目付近)大火16戸焼失
遠軽営林区が遠軽営林署に改称 遠軽簡易裁判所設置
遠軽区検察庁設置 遠軽町薄荷耕作組合設置 遠軽地区木材協会設置
駐在員制度設置 遠軽小学校新遠軽分校開校(昭和40年閉校)
23年 (1948年) 遠軽農業協同組合設立 瀬戸瀬農業協同組合設立
遠軽町警察署設置(昭和27年廃止)
遠軽町公安委員会発足(昭和27年廃止)
北海道立遠軽中学校が学制改革により北海道立遠軽高等学校に転換
北海道遠軽高等女学校にかわり北海道立遠軽女子高等学校開校
遠軽町酪農協同組合設立 遠軽町農業共済組合設立
遠軽町開拓農業協同組合設立(昭和46年解散)
遠軽町農業調整委員会設置 北海道作物報告事務所遠軽出張所設置
日本食品衛生協会北海道支部遠軽地方部会発足
24年 (1949年) 遠軽商工会議所創立 遠軽町農業改良委員会設置
北海道農業試験場遠軽試験地設置 遠軽町営スキー場設置
東西遠軽農業改良相談所設置 遠軽町生活協同組合設立
25年 (1950年) 社名淵小学校東社名淵分校開校、東社名淵小学校に昇格
遠軽女子高等学校が遠軽高等学校に統合 遠軽町社会教育委員設置
遠軽商業協同組合設立 遠軽電報電話局舎落成 遠軽信用組合発足
遠軽家畜診療所設置 遠軽町立遠軽女子高等技芸学校開校
26年 (1951年) 社会福祉協議会設立 警察予備隊遠軽駐屯地誕生
遠軽町農業委員会発足 遠軽土功組合が遠軽土地改良区に組織変更
遠軽町婦人団体協議会創立 釧路家庭裁判所遠軽出張所設置
遠軽福祉事務出張所設置 遠軽地区交通安全協会設立
27年 (1952年) 遠軽町教育委員会設置 遠軽町と畜場設置
釧路保護観察所遠軽地区保護司会設立 防犯協会遠軽支部発足
遠軽林業指導事務所設置 遠軽町体育連盟設立
28年 (1953年) 遠軽・瀬戸瀬農業協同組合が合併し、遠軽町農業共同組合を結成
遠軽保育所落成 上遠軽小学校を南小学校に改称し、新築落成
駐在員制度廃止し、区長を設置 私塾「更正塾」開設
29年 (1954年) 公益質屋開設 東小学校開校 瀬戸瀬温泉大量湧出
遠軽医師会付属准看護婦養成所設置
遠軽地区警察署が北海道北見方面遠軽警察署に改称
北海道労働金庫北見支店遠軽出張所開設
30年 (1955年) 北海道遠軽家政高等学校開校 遠軽町観光協会設立
遠軽中央病院開業 遠軽町技能者共同養成所発足
北海道身体障害者福祉協会遠軽分会結成
31年 (1956年) 遠軽母子寮落成 瀬戸瀬温泉旅館落成 遠軽青年会議所創立
遠軽中央幼稚園開園 遠軽高等技芸学校開校
32年 (1957年) 開基60周年記念式典 遠軽町史発行 遠軽郵便局落成
遠軽町PTA連合会発足 薄荷耕作記念碑建立(瞰望岩下)
33年 (1958年) 労働産業会館落成
34年 (1959年) 遠軽警察署庁舎落成 遠軽ロータリークラブ創立 遠軽営林署庁舎落成
35年 (1960年) 遠軽駅前警察官派出所落成 北遠軽駅落成
自動ダイヤル式電話切替開通 遠軽電報電話局移転落成 菊地病院開業
東社名淵小学校校舎落成 瀬戸瀬青年研修所落成
国設瀬戸瀬山スキー場設置 遠軽町青少年問題協議会設置
36年 (1961年) 遠軽保健所庁舎落成 社名淵青年研修所落成 林業会館落成
社名淵地区字名地番改正 遠軽中央病院学田分院設置
下社名淵中学校閉校 遠軽ひばり幼稚園開園
37年 (1962年) 瀬戸瀬山スキー場ジャンプ台設置 北海道遠軽家政高等学校校舎落成
消防本部庁舎落成 網走開発建設部遠軽出張所庁舎落成
瀬戸瀬地区字名地番改正 上水道事業開始 NHKラジオ中継所設置
ごみ収集直営化 交通安全都市宣言 自衛隊連隊に昇格
遠軽自動車学校開設
38年 (1963年) 天文台落成 遠軽町・上湧別町伝染病隔離病舎組合隔離病舎新築
町営プール完成 自衛隊隊舎落成 瀬戸瀬保育所開設
市街地区字名地番改正 遠軽町スポーツ少年団本部発足
遠軽町交通安全推進委員会設置
39年 (1964年) 遠軽文化連盟創立 遠軽地区体育連絡協議会結成
土地改良区事務所落成 日本ボーイスカウト遠軽第一団発足
NHKテレビ中継所設置 区長を自治会長に改める
40年 (1965年) 遠軽地区町村し尿処理組合発足 新遠軽小学校閉校 岩見橋落成
STVテレビ遠軽中継所落成
41年 (1966年) 町営採草放牧場完成(千代田) 網走土木現業所遠軽出張所庁舎落成
学田火葬場落成(平成7年廃止) 塵芥処理場完成(昭和57年廃止)
遠軽町消防本部及び消防署設置 
42年 (1967年) 遠軽地区町村し尿処理組合学田処理場落成 法務総合庁舎完成
開基70周年記念式典 青少年会館落成 FMラジオ放送開始
町営野球場落成(太陽の丘えんがる公園) 遠軽町と畜場移転新築
43年 (1968年) HBCテレビ遠軽中継所落成 瀬戸瀬薄荷生産組合設立 町旗制定
44年 (1969年) 公益質屋廃止 農村集団電話開通 福祉センター落成
社名淵薄荷生産組合設立
45年 (1970年) 遠軽地方自動車自動車整備事業協同組合車検場落成 野上公民館落成
湯の里公民館落成
46年 (1971年) 網走支庁合同庁舎落成 社名淵小学校移転校舎落成
町営バス遠軽〜白竜間運行 遠軽地区消防組合発足
日専連遠軽会設立
47年 (1972年) 瀬戸瀬総合庁舎落成 遠軽町総合庁舎落成 ごみ無料化収集実施
ブラジル国バストス市と姉妹都市提携調印 野上橋落成 南町公民館落成
見晴公民館落成 遠軽町と畜場が遠軽町食肉センターに改称
48年 (1973年) ロックバレースキー場開設 特別養護老人ホーム花の苑開設
母子寮廃止 丸大公民館落成 町営バス遠軽〜瀬戸瀬温泉間運行
遠軽町土地開発公社設立 清川公民館落成 清川浄水場落成
遠軽ライオンズクラブ創立 西町会館落成
49年 (1974年) 遠軽地方高等職業訓練校舎落成 老人クラブ連合会発足
商店街振興会連合会創立 遠軽町高齢者学級設置 東保育所開設
自治会連合会創立
50年 (1975年) 遠軽小学校校舎落成 いわね福祉ホーム開設
51年 (1976年) 信太隆治栄誉町民の彰記授与 温水プール落成 遠軽橋架替落成
南保育所開設 国道開削殉職者の碑建立
52年 (1977年) 開基80周年記念式典 遠軽町史発行 老人福祉寮むつみ園開設
遠軽中学校改築落成 郷土館開設 青山三之助栄誉町民の彰記授与
53年 (1978年) 総合体育館落成 廃棄物最終処分場完成 みなみ児童館開設
基幹集落センター落成 遠軽郵便局新庁舎落成
太陽の丘えんがる公園「こどもの国」開設 東野球場2面完成(河川敷)
54年 (1979年) 東体育館落成 健康訓練センター開設 ひがし児童館開設
西保育所開設 遠軽保育所廃止
55年 (1980年) 東社名淵小学校閉校 社名淵体育館落成 いわね大橋完成
瀬戸瀬コミュニティーセンター落成 瀬戸瀬発電所完成
56年 (1981年) 図書館落成 瀬戸瀬中学校・社名淵中学校閉校
第一次遠軽町総合計画策定 南中学校開校 UHFテレビ中継所完成
57年 (1982年) 遠軽コミュニティーセンター落成 移動図書館やまなみ号運行開始
にし児童館開設 先史資料館完成
上社名淵郵便局を遠軽南郵便局に改称移転
58年 (1983年) 高齢者センター開設
59年 (1984年) 遠軽地区広域組合業務開始 下社名淵小学校閉校
60年 (1985年) 公共下水道使用開始 遠軽西部農業共済組合発足
北海道自然100選に「瞰望岩」「北海道家庭学校の森」選定
太陽の丘えんがる公園に展望台・野外ステージ完成
大沢重太郎栄誉町民の彰記授与
61年 (1986年) 第1回湧別原野オホーツク100qクロスカントリースキー大会開催
西町住民センター完成 見晴牧場オープン
62年 (1987年) 開基90周年記念式典 北海道遠軽保健所新築移転
63年 (1988年) 遠軽がんぼう太鼓ブラジル移民祭に参加 さわやか作業所設立
開拓記念碑(角谷政衛記念碑)建立
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元年 (1989年) JR名寄線廃止代替バス運行 北見バス遠軽営業所新築落成
清川大橋完成 高齢者勤労センター設立 保健センター発足
社会福祉協議会法人化 農業技術センター設置
2年 (1990年) 遠軽家政高等学校を北海道遠軽郁凌高等学校に校名変更し、学科転換
学田住民センター完成 遠軽地区農業共済組合設立
3年 (1991年) 小堀秀次栄誉町民の彰記授与 遠軽町第二次総合計画策定
ごみの分別収集開始 野上駅逓百年記念碑建立
遠軽農業振興公社設立 遠軽町ボランティア連絡協議会発足
4年 (1992年) 遠軽厚生病院新築 瀬戸瀬パークゴルフ場完成
5年 (1993年) 清掃センター完成 武道館完成
6年 (1994年) 町花「ヒマワリ」町木「エゾヤマザクラ」制定 NTT遠軽営業所廃止
太陽の丘配水場完成 遠紋地域人材開発センター発足
7年 (1995年) HBC・STVラジオ中継局完成 遠軽営林署新庁舎完成
対遠橋架替完成 六郷聖苑完成 国産材需要開発センター「木楽館」完成
8年 (1996年) えんがる球場完成 女性消防団員誕生
9年 (1997年) 北海道農業試験場畑作研究センター遺伝資源研究室閉鎖
えんがるテニスコートオープン えんがるパークゴルフ場オープン
ふるさと遠軽100年記念式典 遠軽町キャラクター・ロゴ制定
遠軽町民憲章制定
10年 (1998年) デイサービスセンターひまわり、在宅介護支援センターオープン
11年 (1999年) えんがるスポーツ公園多目的スポーツ広場完成
遠軽町ふれあい菜園設置 麦酒館「ふぁーらいと」オープン
字名地番改正「東町」誕生
12年 (2000年) 食肉センター休止 遠軽町総合保健福祉総合センターげんき21オープン
13年 (2001年) 高齢者共同生活支援施設「みのり荘」オープン
14年 (2002年) 太陽の丘公園まつり開催
15年 (2003年) 4町村による法定合併協議会設立 遠軽看護高等専修学校閉校
遠軽町体育連盟50周年
16年 (2004年) 4町村合併協定調印式 瀬戸瀬パークゴルフ場オープン
17年 (2005年) 遠軽町まちづくり自治基本条例制定 遠軽警察署新庁舎落成
新遠軽町誕生