過去のe−ISMニュース(No.733)

過去のe−ISMニュース

 令和元年11月29日(金曜日)更新
■タグラグビーを楽しむ〜遠軽タグラグビー大会
写真:試合を楽しむ選手たち  11月24日、総合体育館で、遠軽ラグビー協会(佐渡淳道会長)主催による遠軽タグラグビー大会が開催されました。
 町内の小学生以上を対象とした今大会には、ラグビーの未経験者から経験者までを含めた約50人が参加し、リーグ戦による試合が行われました。
 大会では、華麗なステップで相手の選手を抜いたり、パスでフィールド全体を使いトライを決めるなど、どの試合も白熱した試合展開が繰り広げられ、選手たちは夢中になりながらタグラグビーを楽しんでいました。
 令和元年11月28日(木曜日)更新
■自分の力を最大限に〜第43回遠軽町水泳大会
写真:一斉に飛び込む選手たち  11月24日、えんがる温水プールで遠軽水泳協会(竹内徳治会長)主催の第43回遠軽町水泳大会が開催されました。
 これは、水泳人口の裾野拡大と交流を目的に行われているもので、今回の大会には、幼児から一般までの約180人が、自由形やメドレー、リレーなどに出場し、タイムを競い合いました。
 大会では、選手たちが家族や友人らの声援を受けながら、全力の泳ぎを見せ、10種目で大会新記録が出るなど、日頃の練習の成果を十分に発揮していました。
 令和元年11月27日(水曜日)更新
■仲間と一緒に楽しんで〜生田原地域秋季ミニバレー大会
写真:楽しくプレーする選手たち  11月20日、生田原スポーツセンターで第47回生田原地域秋季ミニバレー大会が開催されました。
 この大会は、4つの予選リーグと決勝トーナメントで行われ、総勢14チーム69人が参加。各コートでは、日頃の練習の成果と息のあったチームプレーで、見事なレシーブや鋭いスパイクなどの好プレーが飛び出し、熱気と歓声に包まれていました。
 参加した選手たちは、心地良い汗を流しながら、仲間と一緒にミニバレーを楽しんでいました。
■生まれ変わるスキー場〜えんがるロックバレースキー場安全祈願祭
写真:安全祈願祭に参加する関係者  11月20日、ウインタースポーツシーズンの本格的な到来を前に、えんがるロックバレースキー場で安全祈願祭が執り行われました。
 同スキー場と一体化した「道の駅遠軽森のオホーツク」のオープンが12月22日に控え、同施設2階部分にあたる新ロッジで安全祈願祭が行われ、一般社団法人えんがる町観光協会の遠藤利秀会長をはじめ約30人が、ロッジ内に設けられた祭壇に玉串をささげ、シーズン中の安全と、多くの皆さんの来場を祈願しました。
 なお、同スキー場は今年度、ペアリフトやナイター照明、人工降雪機を更新し、道の駅と同日のグランドオープンを目指して整備が進められています。生まれ変わるスキー場に、ぜひお越しください。

「道の駅遠軽森のオホーツク」のオープン日時等について
 令和元年11月26日(火曜日)更新
■自分たちにできることを見つける〜遠軽中学校1年生が災害図上訓練、避難所運営ゲームを実施
写真:避難所の運営について話し合う生徒たち  11月18日と19日、遠軽中学校(竹内克憲校長)で、災害図上訓練と避難所運営を体験する学習が行われました。
 これは、同校1年生の総合的な学習の時間(Human Time)において、遠軽町社会福祉協議会(藤江昭会長)の協力と、北海道防災教育アドバイザーの及川太美夫氏を招いて実施されたもので、18日は、遠軽町の地図などを見ながら災害リスクをイメージし、予防策や対応策を考える「DIG(災害図上訓練)」を、19日には、認知症や障がい者、乳幼児などさまざまなケースの避難者を表すカードを、図上の避難所に配置しながら運営を体験する「Doはぐ(北海道版避難所運営ゲーム)」を行いました。
 このうち「Doはぐ」では、体育館を中心に学校全体を避難所として、次々に訪れる避難者への対応を短時間で判断するとともに、暖房器具や食料品などの救援物資が届くたびに設置や配布などについて話し合いながら、仮想の避難所運営を行いました。
 生徒たちは2日間の学習を通して、自分の住んでいる地域のことや要援護者への理解を深め、どのようにすればスムーズな避難ができるか、自分たちができることは何かを学んでいました。
 令和元年11月25日(月曜日)更新
■まちづくりのために〜遠軽電機株式会社が町に寄附
写真:佐々木修一遠軽町長に寄附金の目録を手渡した乾淳専務取締役  11月18日、遠軽電機株式会社(金谷正一代表取締役)が町に寄附をしました。
 この日は、乾淳専務取締役と佐竹貞克常務取締役が佐々木修一遠軽町長を訪れ「まちづくりのために役立ててください」と、寄附金200万円の目録を手渡しました。
 佐々木町長は「心から感謝申し上げます。町の施策を進めていくために、大切に使わせていただきます」と、お礼の言葉を述べていました。