雨宮号の歴史


 森林鉄道は「カンコ(官行)の汽車」と呼ばれ、「ポーッ」という汽笛とともに、官行斫材のシンボルかつ住民生活の足となり、木材のまち丸瀬布の風物詩になっていました。


 雨宮号は、明治・大正期に日本の私鉄王「雨宮 敬次郎」が経営した東京深川区の雨宮製作所で製造され、昭和3年にムリイ森林鉄道では初めて国産の雨宮号3台が部品輸送され、丸瀬布で組み立てられました。翌4年に運行を開始し、レールの敷設、木材の輸送に活躍しました。


 昭和33年には、蒸気機関車の運行が終わり、ディーゼル機関車へと移行され、昭和38年に、ムリイ森林鉄道が廃線となり、トラック輸送へと移行されました。


 昭和32年、雨宮号のスクラップが浮上しましたが、住民有志の保存活動があり、昭和51年に町が営林局から譲り受け札幌で復元整備しました。


 昭和54年には、いこいの森に新築した機関庫に格納し、22年ぶりに「ポーッ」という懐かしい汽笛を響かせて試運転を行い、客車や貨車を購入し、昭和56年には園内に8の字形の1週軌道も完成、翌57年5月1日から「森林鉄道の走る緑と渓谷のまち」をキャッチフレーズに動態保存されています。


 平成16年10月22日には、北海道遺産に選定されました。


「雨宮21号」保存の歴史(PDFファイル:384KB)
雨宮19号(現21号)

雨宮21号 型式図

林鉄路線